日々を楽しく大切に。好きなもの 好きなこと おでかけ。。そんな日常を綴っていきます。


by さくら
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<   2013年 03月 ( 3 )   > この月の画像一覧

春の訪れ

3月の初めに裏山で鶯の声を聴き 春が一気に進みました。
ちょっと低迷気味な気持ちを振り切るように 春を探して ふらふらと。
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後楽園やらいろんな場所に梅を見に行ってみたり、児島湖ちかくで河津桜を眺めたり
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倉敷の雛めぐりに行ってみたり  サウスビレッジに恒例のイチゴ狩りに
行ってみたりと それなりに春の楽しみ。
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サウスビレッジのイチゴ狩りは 食べ放題ではなく摘み取ったものを買い取り方式なので
ありがたい。
大きな大きなイチゴを摘んで帰ると 車も部屋もイチゴの香り。
やっぱり熟れたイチゴを摘んで食べるのはスーパーで買うのとは味も香りも格別です。
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お雛めぐりの日は 久しぶりに自宅のようなお店、お惣菜が並ぶバイキング 菜花さんへ、。
野菜めちゃくちゃ食べました。
倉敷では 季節限定の三宅商店の豆乳ぜんざい。 私これ大好きなんです。

イチゴ狩りの日は もう何年振りになるのか アンティークなカフェ「ゆかし」さんへ
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初めて来たのはもう20年近く前。 変わらぬ雰囲気変わらぬメニュー。
あまりに久しぶりなのと 隠れ家っぽい場所にあるので 道に迷ってしまった。

仕事のことで漠然と悶々としていたことの正体が少しずつ見えてきて 考えていることを 現実に
えい!と前に進んでみることにしました。
かなり 無鉄砲かもしれませんが ずっと機会をうかがっていたので 直感的に
「今」という気がして。
ただ 何の宛てもなく。。ですが このままではいられない 遅かれ早かれいつかその日はくる
のだと確信していたので やっぱり今かな。


学生のころは 3月4月は環境が変わるのと季節も寒暖差がはげしいので なんとなくこの
時期って気持ちが不安定だった気がします。
楽しいことが起きそうなわくわく感と 得体のしれない 未知なる道への不安と。
その頃の気持ちと似ているかな。
同じところで働いていると 期はかわっていても一つの通過点でしかない3月から4月。
新人研修の準備やら イベントやら 資料つくりやら そんなことをしていた数年前が懐かしく 
当たり前のように新しい期を同じ場所で迎えられていたのはありがたかったのだなと今更
思います。
自分の机 同じ方向に進んでいる同僚 そういう当たり前にあったものが足元からなくなり
ネナシグサのような日々を過ごした2年。 
行く先々の仕事場の人たちはみんないい人たちなのに 私はどうしてもその中に
入っていけなかった、下請け派遣のまま 仲間にはなれないもどかしさのような居場所の
なさを抱えて ずっと張りつめていた気がします。
さぁ 自分の居場所を探しに出発しなければ。。 でも見つかるかな。。大丈夫かな。。
そんな春を迎えています。
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そういえば 3月初めに 会社のお隣の部署の二人の結婚式に参列させていただきました。
いつも仲良くしてくれるまだまだ若い20代の新婦 ものすごくめきめきと美しくなって 本当に
幸せそうなきれいな花嫁姿でした。
社内結婚なので 巨大な会社の飲み会のような披露宴。
新婦友人席以外は 年齢層高め。
うちのテーブルの女性はいつもお昼を一緒に食べるアラフォーメンバー。 
久々の華やかな披露宴の席でやや舞い上がり気味で 子供のいる二人は 花嫁の手紙で
涙し 帰りにもりもりのパーティ仕様の髪で ドレスがノースリーブなのでコートを脱ぐに
脱げずそんな姿でその年代の女4人 深夜のスタバでお茶。
周りからはいったい何の集まりだと思われただろう  そう思うとちょっとおかしい。
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by yaesakura130 | 2013-03-25 22:09 | 暮らし 思うこと | Trackback | Comments(0)

あなたが私にくれたもの

49日が終わり 形見分けではないけれど 叔母の持ち物が私のところにいろいろやってきました。
亡くなる前から 「お嫁さんたちはきっと着ないから あんた私の着物ダンスごと持って帰って」と
言われていたのですが そうしてしまうと ほんとにおばちゃんがすぐいなくなってしまう気
がして 「はいはい」と生返事をしていました。
亡くなるまでに時間があったので お洋服も持ち物も着物も ずいぶんと生前整理されていて 
結局数枚の着物と帯をもらいました。 
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不思議と私がほしいなと思うような色、柄のものが残されていたのでありがたく。
着物はやや肩がこるので そろそろ行き詰ってきたかなと思ってましたが せっかくもらった
のだからもうちょっと楽しんで着るかなぁ。。そんな思いになって このところまた着物で
お出かけしています。
従弟夫妻のもとに来月産まれてくる 双子ちゃんに浴衣くらい着せてあげたいし。
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洋服やアクセサリーも お嫁さんたちは趣味じゃないので。。と断られたので 母の姉妹と
私でもらいました。
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友達と野点をしたいねと話していたところ ちょうど抹茶茶碗やお茶道具もあり 私のところに
やってきました。
やりたいことが似ていたのか 不思議と私が漠然とほしいなと思っていたものが贈り物のように
次々と私のところにやってくるのでした。

叔母はなかなか子宝に恵まれず、その分自分だけの時間が長くあったので 多趣味でした。
唯一の女の子である私は  一緒にモノを作ったり 洋裁が得意だったので 「こんな服がほし
い」というと作ってくれたり  お人形のお洋服も作ってもらったりもしたなぁ。。と
改めて もらったものを出して眺めてみたりして。
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この赤いワンピも お店で見てなかなかのお値段だったのでこんなのがほしいとねだって
まだ私が二十歳くらいの時につくってもらったもの。黒のジャンバースカートも同じく。
革のペンケースは私が小学校の時に 当時革手芸が趣味だった叔母の横で作らせて
もらったもの。 懐かしいな。
そういえば おばあちゃんも 浴衣やら サマーセーターやら いろいろ作ってくれたなぁ。。
唯一の女の子だったため私結構 トクしてたな。。
今になってありがたく思います。

今回 叔母だけでなく いろんなものをいろんな人からもらったのだなと思う出来事がありました。
うちの弟 普段は仕事柄休みがみんなと合わないのもあるし 父に似てちょ~っと外面は
いいけど 家では気難しいかも??というところがあるので あまり親戚うちの集まりには
顔を出さないのですが 子供のころ 従弟たちが生まれる前 私と同じくわが子のように
かわいがってもらった叔母の一大事とあり さすがに病院に顔を出しました。
その日は 末従弟のアキが東京から帰ってきていたので 妊婦のお嫁さんに気を遣わせては
悪いので 弟がみんなを誘って食事会を弟おごりで開催。
総勢8人。。行先は。。弟は豪勢にいくつもりで 銀行まで行ってお金をおろしたのに
偏食の叔父のリクエストでファミレス(笑)
でも叔父はとても楽しかったらしく 上機嫌。 
その様子を叔母が知って 病床から弟にお礼の電話。
その頃はあまり容態よくなかったのに よほど叔母もうれしかったみたい。
叔母が亡くなった夜も 二晩お通夜になるためみんな一日目は帰ってしまい兄弟のようにして
育った従弟を一人残すのが忍びなかったようで 自ら お線香苦手なのに 一緒に泊まると
言い出した。
叔母の亡骸と従弟と弟と狭い和室に川の字になって寝ていました。

亡くなった後も叔父が一人寂しくしてるのではないかと たまに立ち寄って一緒にお茶を飲んだり
今度は旅行をプレゼントしようと企んでいるらしく、ちょっと意外。
早くに父が亡くなったけれどその代償に 父は残された人の悲しみに寄り添う気持ちというのを
弟に残したのかもしれません。

母から父が亡くなった時のことを改めて聞いたりして。あまりに容体が急変して私、間に合わ
なかったので今まで聞きそびれていました。
肺の病気だったため 呼吸がままならず薬の副作用の吐き気もあり眠れないくらい苦しんで
いたのですが 最後は「眠くなったから少し眠るな。。」と言ってそのまま逝ってしまったそうです。
最後は苦しまず眠るように。。
私が会社に入って3週間目 弟が東京の大学に行って同じく3週間目の出来事でした。


そして私の祖母。 
私が生まれる随分前に 48歳で子宮がんで亡くなった写真でしか知らないおばあちゃん。
時代が時代なので私が見たことのある写真も遺影とそのほか2枚くらい
どんな声をしていたのか どんな表情をする人だったのか どんな風に話すのか 知るすべも
ないけれどちょうど私が生まれた病院が おばあちゃんが亡くなった病院で 当時おばあちゃん
の担当だった先生が私の生まれたときにえらくなって回診に来られ 「ひょっとして」と母が声を
かけてもらったそうです。
今まで接点というのがぴんと来なかったのですが おばあちゃんと私は同じ先生にお世話に
なったそうで今回なぜだかその話をはじめて聞いて少しうれしくなってしまった。

いろんなあちらの世界にもう行ってしまった人たちが残された私たちにくれたものは 思うより
計り知れなくて後になってそれに気が付いたり それに対してお礼を言うこともできないの
だけれど どこかで伝わっていればいいなと思う。

数日前100か日を迎え なんだかまた 整理していたら出てきたらしい 草履や 帯締めなんか
を昨日またもらいました。
今頃になって 私が。。というより 母はもう自分の妹に 叔父は50年連れ添った妻に 従弟たち
は30代にして自分の母親にもう二度と会えないんだなぁと思うと なんだかとてもそのことが
悲しくなってしまった。
それでも私たちは前に向かってゆくしかないのですよね。
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弟たちが小さかったころの写真。 左の従弟は9月に女の子のパパになり 右の従弟は
来月双子の女の子のパパになります。
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by yaesakura130 | 2013-03-18 21:59 | 暮らし 思うこと | Trackback | Comments(0)

沖縄 2013年2月

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11月に行けなかった沖縄。 
平日休みがあるうちに どうしてももう一度行ってみたいと思っていました。
なかなかお友達と日程が合わず あきらめていたところ 別のお友達が 沖縄でやりたい
ことがあるので一緒に行ってくれるとのこと。
11月に実現しなかった旅のリベンジです。

今回やりたいこと 行きたいとこ
①海が見えるカフェ。②沖縄の民族衣装が着たい ③斎場御嶽に行きたい 
④行きたいタルトやさんがある⑤シーサーを買う

友人は クジラを見に行く もう一人の友人は ヤクルトのキャンプを見に行く それが目的。
一日目 ガイドブックで見たカフェくるくまへ。
行ってみるとかなり観光化されていて 人がたくさん40分待ちでした。
もうちょっと落ち着いた雰囲気のカフェを想像していたのだけど お土産物屋さんがあったり
してちょっとイメージ違ってたかな。
タイ料理っぽい感じでした。
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見下ろす海は エメラルドグリーンが混じって あぁ沖縄に来たなと実感。
斎場御嶽。 あとできいたらここは霊的なものが強いので地元の人は行かないそうです。
結構な登り坂を歩いて巡りました。 
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この真ん中空間がハートに見えたらいいらしいんだけど ちょっといびつなハート??
沖縄ワールドに行けば 衣装が着られるというので 立ち寄り。
エイサーのステージを見て 再現された街並みでミンサー織や 紅型の染物を見て 
念願の衣装。
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ただあっという間に写真だけ撮られ終了だったのでちょっと残念。
ミンサーと紅型はちょっと体験してみたかった。 お値段もわりとするので 買い物は断念(笑)
かわりにぶくぶく茶を飲んでみたりして。
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那覇の町を越え 夕暮れに間に合うかな。。とあわててビーチへ。
日は沈んだ後でしたが この景色。 しばらくぼーっと 眺めていました。
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夜はアメリカンなお店が並ぶエリアで 友人が せっかく沖縄だし 。。というのでタコライス
とハンバーガー。
お店の方が親切でいろいろ教えてくださいました。

2日目
朝 友人一人がクジラウォッチングへ。 私ともう一人は船がだめなので 国際通りで
お買い物。
そこで 江角マキコさんと偶然お会いしました。
先に一緒にいた友人が気が付いて 他に誰もお店にいなかったので 思い切って声を
かけた私。。
あっさり「そうですよ」と言って 気さくにお話してくれました。
握手をお願いしたら写真はダメだけど握手なら大丈夫ですよ・・と言っているところにあわ
ててマネージャーさんらしきイケメンさんがやってきたのですが 江角さん「大丈夫。私から
写真のこと言い出したんだから」とサバサバと笑い「どこから来たんですか?」と聞いてくださる。
「岡山からです」というと「私島根なんで近いですね 旅楽しんでくださいね」と言ってくださ
いました。 
すっぴんで Tシャツにスリムなパンツというスタイルでしたがスタイル抜群 肌きれい。。
素敵な方でした。

国際通りのお買いものは やちむん通りで器を見たり 市場でお菓子やお土産 
沖縄グッズを見たり。
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この豚さん 2,3日ごとに新しいのと変えるそうです。 一緒にいた友達がお店の人に
聞いてました(笑)
くじらから帰ってきた友達も合流しお昼は沖縄そば。
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そのあとその近くにある お友達の沖縄によくいかれるkenママさんもお気に入り「ひばり屋」
さんでお茶。。と言ってもほんとに路地の奥にある小さな空き地に開かれたカフェ。
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知る人ぞ知る的な超隠れ家なのに全国からお客さんが集まっているようでした。
雨の日はお休みだそうです。
そこで コーヒーがだめな私は さざなみソーダを注文。
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きれいな色。 2月末でも20℃以上あるので 暑くてちょうどよかった。

午後は車を走らせブセナへ。
いつかここに泊まってみたい。 


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海中展望台で 海の中に泳ぐ熱帯魚を見てきれいなお魚を見て サミットも行われた
建物でお茶。 平日なので人もおらず 贅沢に高台から海を眺める。
今回の旅で一番沖縄らしい海の色。
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帰り道にある道の駅で ガイドブックに必ず乗ってる「琉ピン」のフルーツモリモリのかき氷
夕方6時にこれを外で食べられるほど暖かい2月の沖縄。 もちろん3人でシェアですよ。
夜は一緒に行った友人の会社の人の紹介で地元の居酒屋。
お任せメニューでもずくづくし。 
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そうめん汁でわさびと生姜でまさにそうめんのように生のモズクをいただいたのは
はじめて。 もずくや島らっきょの天ぷらも以前食べておいしかったけど
やっぱりおいしい。

3日目は ヤクルトのキャンプ
最近の選手は全く疎いのですが ヤクルトファンのお友達は大興奮。
試合ではないので選手の皆さんもリラックスしていて サインや写真に気楽に応じてくれます。
私が知ってるのは以前好きだった 現在はコーチをされている池山さんと 同じくピッチングコーチを
されている荒木大輔さん。。。って時代が違う?
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池山さんと写真を撮れて満足!! あの頃の私に教えてあげたい(笑)
行きたかった郊外のアメリカの住宅地が雑貨屋さんやカフェになっているエリアのタルトやさん。
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前回は国際通りにある姉妹店に行ったのですが その時教えてもらった通り素敵な雰囲気。
こちらも満足!
首里城に立ち寄り散策し 空港へ。

ぎゅーっとやりたいことを凝縮した3日間。
でもまた帰るころには 「海中道路に行ってみたいなとか 海辺のカフェにいきたいとか
紅型かミンサー織の体験したい」とか次の行きたい理由がふつふつ。
旅はやっぱりやめられない。
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前回 買えなかったシーサー。
今回は帰り間際にやっと!!

わがままな私の旅に付き合ってくれた友人たちにも感謝です。
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by yaesakura130 | 2013-03-10 22:44 | 旅のお話 | Trackback | Comments(2)